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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)164号 判決

原告 本多七郎

被告 国

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、日本国の領海を横須賀港へ入港するために通航しようとするアメリカ合衆国のロサンゼルス級及びスタージヨン級の攻撃型原子力潜水艦について核兵器搭載の有無を照会せよ。

2  被告は、右1の潜水艦のうち右1の照会に対して核兵器を搭載していると回答したもの及び回答しないものが日本国の領海を通航するときは、日本国の領海から退去することを要求しなければならない。

3  被告は、アメリカ合衆国のロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦「ヒユーストン」(シツプナンバーSSN七一三)が横須賀港へ入港するために日本国の領海を通航するときは、日本国の領海から退去することを要求しなければならない。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

主文同旨

(本案)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  アメリカ合衆国(以下「米国」という。)は、昭和五九年六月以降、米国海軍に属するロサンゼルス級及びスタージヨン級の攻撃型原子力潜水艦(以下それぞれ「ロサンゼルス級潜水艦」及び「スタージヨン級潜水艦」という。)に核弾頭付巡航ミサイル「トマホーク」(以下「トマホーク」という。)を順次配備していくことを決定の上、これを公表し、これに従つて、現に就役している潜水艦については、魚雷発射管からトマホークを発射できるように改修を進め、新就役潜水艦については、トマホークの垂直発射システムの設置を開始した。

それらのうち、ロサンゼルス級潜水艦「ヒユーストン」(シツプナンバーSSN七一三。以下「ヒユーストン」という。)は、世界でも最も権威のあるとされている「ジエーン海軍年鑑・一九八五年版」六七四ページにおいて既にトマホークの配備が完了した潜水艦として名前が挙げられている。

したがつて、ヒユーストンは、核兵器を搭載している軍艦(以下「核兵器搭載艦」という。)であり、それ以外のロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦は、核兵器の搭載が疑われる軍艦(以下「核兵器搭載疑惑艦」という。)であるということができる。

2  横須賀港には、別紙「入港一覧表」のとおり、昭和五九年二月から昭和六〇年一二月末までの間に、核兵器搭載艦であるヒユーストン並びに核兵器搭載疑惑艦であるその他のロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦が延べ三五回入港している。

被告は、右に述べたとおり、核兵器搭載艦及び核兵器搭載疑惑艦の横須賀港への入港を漫然と認め、これを差し止めるための措置をとろうとしない。そして、日本国と米国の外交関係からみると、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦であるロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦の横須賀港入港が将来も繰り返えされることは明らかである。

3  被告は、国民に対し、次に述べるとおり、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦に対して我が国領海からの退去を要求すべき公法上の義務を負つている。

(一) 領海及び接続水域に関する条約(以下「領海条約」という。)二三条は「軍艦が領海の通航に関する沿岸国の規則を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行なわれた遵守の要請を無視した場合には、沿岸国は、その軍艦に対し領海から退去することを要求することができる。」旨規定している。

右規定によれば、日本国政府は、我が国の領海を通航する外国の軍艦(以下「外国軍艦」という。)に対し、日本国の規則を遵守するように要請する権能を有し、また、右要請を無視する外国軍艦に対しては、我が国の領海からの退去を求める権能を有している。

国際法上、すべての外国船舶は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り沿岸国に妨害されることなくその領海を通航する権利、いわゆる無害通航権を有しているが、同条の規定は外国軍艦の無害通航権の制限に関するものであるすべての主権国家は、その領海を含む領域全般に絶対的、排他的な管轄権(以下「領域主権」という。)を有しており、外国船舶に無害通航権が認められるとしても、沿岸国の主権の維持並びに平和及び安定に関する判断はとりわけ重視され、かつ、尊重されなければならない。外国軍艦の無害通航権もこのような見地から制限を免れないものであり、同条の解釈にあたつては、沿岸国の平和及び安全に関する配慮を根幹に据えなければならない。

そうすると、同条にいう「沿岸国の規則」には、沿岸国の平和及び安全に関する諸原則並びに諸法令が当然に含まれ、かつ、その根幹となるものというべきである。

(二) 「核兵器を持たず、作(造)らず、持込まさ(せ)ず」とのいわゆる非核三原則は、我が国の平和及び安全に関するものであり、次のとおり、条理として独立した法規範といい得るものであるから、領海条約二三条にいう沿岸国の規則に該当するものである。

(1) 非核三原則は、国権の最高議決機関である国会の衆参両議院において、憲法に定められた法律の定立手続をはるかに上回る全会一致で議決、承認されている。

(2) 昭和五九年一〇月一五日現在、非核宣言自治体は、四県一一六市区五六町村の合計一七六自治体にのぼつており、非核三原則は国政の場だけではなく、我が国の各地域においても確認されている。

(3) 日本国民は、誰一の核被爆体験を持つ国民として、核兵器に対して特別な感情を有しており、非核三原則は国民的確信まで高められている。右(1)及び(2)の各議決も、結局は右国民的確信を国政あるいは地方政治の場において認めたものである。

(4) 日本国政府も、国会質疑において、非核三原則は、我が国の国是であり、これを遵守すると確約している。

(5) 非核三原則は、抽象的宣言ではなく、「政府は核兵器を持たず、作らず、持込まさずの非核三原則を遵守する(中略)措置をとるべきである。」(昭和四六年一二月二四日衆議院本会議)として、具体的に日本国政府のとるべき義務を定めており、法規範性を有している。

(三) 以上のとおり、外国の核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が我が国の領海を通航することは、我が国の規則である非核三原則のうちの「核兵器を持込まさ(せ)ず」に触れるものであるから、無害通航に該当しない。

被告も非核三原則を領海条約二三条にいう沿岸国の規則に該当するとの立場をとつている。すなわち、被告は、昭和五五年八月、ソビエト連邦共和国の海軍に属する原子力潜水艦が我が国領海を通過するに際し、核兵器搭載の有無について回答しないまま我が国の領海を通航することは無害通航に該当しないとして、海上保安庁をして、領海条約二三条に基づき、右潜水艦に対し、我が国の領海からの退去を要求している。

(四) 後記4のとおり、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が我が国の領海を通航することにより、国民に回復し難い災害が生ずるおそれがあるから、被告は、国政の信託者たる国民との関係において、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦に対し我が国の領海からの退去を要求すべき公法上の義務があるというべきである。

4  原告は、横須賀市に居住し、かつ、同市内に勤務している者である。

横須賀港に外国の核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が入港することにより、核戦争に際して、横須賀市が核兵器による攻撃の対象となつて、全体的破滅に見舞われる可能性が大きい。

また、横須賀港に入港するには、東京湾口の狭い浦賀水道を通航しなければならないが、この狭い海域には多数のタンカーを含む商船が出入りし、更に、近在の漁船も出漁していて、衝突の危険が多い通航の難所であり、核兵器搭載艦の衝突事故発生の危険が大きいところ、核兵器搭載艦の衝突事故による災害は、一旦発生すれば、回復し難い惨憺たるものになることは明らかである。

したがって、外国の核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が横須賀港に入港することによって、原告を含む横須賀及びその周辺地域に住む住民は、その生命、身体及び財産の安全を脅やかされている。

国民個々人の生命、身体及び財産の安全は、憲法上最大の保護、尊重を受ける権利であり、単なる反射的ないし事実上の利益ではないから、行訴法九条にいう「法律上の利益」である。

5  義務付け訴訟の許容性

(一) 本訴は、いわゆる無名抗告訴訟のうちの義務付け訴訟に該当するものである。

義務付け訴訟は、〈1〉 行政庁が一定の行為をすべきことが法律上明らかで、行政庁の第一次的判断を重視する必要がない程度に明白であり、〈2〉 事前の司法審査によらなければ国民の権利救済が得られず、回復し難い損害が生ずる緊急の必要性がある場合には、許されるものというべきである。

(二) 非核三原則は、前記3(二)記載のとおり、法規範性を有するものであり、日本国民の総意として法解釈の重要な指導原理となつていることは明らかであるから、国民に対する公法上の義務として、被告は、領海条約二三条に基づき、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦に対し、我が国の領海から退去することを要求しなければならず、このことは、二義的解釈を許さないほど明白である。

ところで、被告は、右公法上の義務を履行する前提として、我が国の領海を通航しようとする外国軍艦が核兵器を搭載しているか否かを調査しなければならない。国際法上、軍艦には不可侵権があるとされているから、外国軍艦に対する核兵器搭載の有無の調査方法としては、軍艦への立入り等を伴うことのない照会という方法が適切である。そして、右調査をする権限は、領海条約二三条に基づく退去要求の前提として同条約上あるいは国際法上当然に認められるものである。したがつて、国民に対する公法上の義務として、被告が核兵器搭載疑惑艦に核兵器搭載の有無を照会しなければならないことは、二義的解釈を許さないほど明白である。

(三) 前記4記載のとおり、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が横須賀港に入港することにより、原告を含む横須賀市及びその周辺地域に住む住民は回復し難い損害を受けるおそれがあるところ、被告は、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦であるロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦の横須賀港入港に対し、拱手傍観するに等しい態度をとつており、事前の司法審査によらなければ、原告を含む横須賀市及びその周辺地域に住む住民の権利救済は図られない。

(四) 右(一)ないし(三)によれば、被告に対する請求の趣旨記載の義務付け訴訟は許されるものというべきである。

(五) なお、ロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦が横須賀港へ入港するときは、その入港の二四時間前に我が国に通告されることになつている。したがつて、ヒユーストンについては通告の時又は我が国の領海内に入つた時に退去要求をすべきである。また、ヒユーストン以外のロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦については、右通告の時に、核兵器搭載の有無を照会し、右照会に対して核兵器を搭載している旨回答した場合及び何らの回答をしてこない場合には退去要求をすべきである。

6  被告適格

本件訴訟は、領海条約二三条に基づいて沿岸国に認められた条約上の権限の行使を求めるものであり、右の公権力の行使は、条約締結及び運用の主体である内閣の判断と責任においてすべきものであるが、国際条約上の権限行使の主体は国であるから、行政事件訴訟法三八条一項、一一条二項により、訴訟上の被告は国となるものと解すべきである。

二  被告の本案前の主張

1  法律上の利益について

(一) 本件訴訟のごとき義務付け訴訟も、抗告訴訟であるから、行政事件訴訟法九条により法律上の利益を有する者でなければ、これを提起することはできない。そして、法律上の利益は、当該行政法規が直接に保護を目指す個々の国民の個別的、具体的な利益をいうものであつて、一般的、共通的な公共の利益やその公共の利益の実現を図るためにされた行政措置によつてもたらされる反射的利益ないし間接的、事実上の利益を含むものではない。

(二) 領海条約は、領海及び接続水域における国家の国際法上の権利とその限界について定めたものである。そして、同条約二三条の趣旨は、旗国以外の国の管轄権に服することのない軍艦に対する沿岸国の主権行使の要件と態様とを規定したものと解されている。したがつて、同条に基づく退去要求の利益は、主権国家が国際法上有する国家的利益であり、個々の国民の個別的、具体的利益ではない。また、国家的利益が守られた結果として、不特定の国民が何らかの利益を受けることはあり得るが、かかる利益は、反射的ないし事実上の利益に過ぎず、行政事件訴訟法九条にいう法律上の利益には当たらない。

(三) 非核三原則は、昭和四二年、当時の佐藤内閣総理大臣が国会答弁において公式に表明して以来、歴代内閣が我が国の国是として一貫して堅持する旨表明してきたものであるが、これは、政府が従来から明らかにしているとおり、「国民世論に支持された重要かつ基本的な政策」にほかならない。

ところで、ある規範が裁判所によつて適用されるには、それが裁判規範としての性格を有していなければならない。そして、裁判規範は、現実的、個別的、具体的内容を有するものでなければならないが、非核三原則は、重要かつ基本的な政策としての抽象性を有する政治上の指針であり、現実的、個別的内容を持つものとして具体化されているものではないから、裁判規範としての性格を有していない。したがつて、非核三原則の違反により、裁判所に訴えを提起し得る法律上の利益は何人にも存しない。

また、非核三原則の運用により、一定の国民が何らかの利益を受けることがあつても、それは反射的ないし事実上の利益に過ぎず、法律上の利益とはいえない。

(四) 以上のとおり、原告が本件訴訟において主張している領海条約二三条、非核三原則は、いずれも個々の国民の個別的、具体的利益を保護するものではないから、本件訴えは、法律上の利益ないし原告適格を欠く不適法なものである。

2  被告適格

義務付け訴訟は、いわゆる無名抗告訴訟であつて、抗告訴訟の一種であるから、行政事件訴訟法一一条一項の準用ないし類推適用があることはいうまでもない。したがつて、原告が主張する義務を有し、その処分をすべき行政庁を被告とすべきである。そして、国は、行政庁ではなく、単に処分の効果が帰属する主体に過ぎないから、国を被告とする本件訴えは、被告適格を欠く不適法なものである。

3  義務付け訴訟の要件の不存在

(一) 本件訴訟のごとき義務付け訴訟が許されるとしても、行政庁が当該行政措置をすべきことが法律上覊束されており、自由裁量の余地が全くないため、第一次的判断権を行政庁に残すことが必ずしも重要でないと認められる場合であることが必要である。

(二) 前記1(二)記載のとおり、領海条約二三条は、国際法上、沿岸国が軍艦に対してとりうる措置の限界を示したものにすぎず、沿岸国が当該軍艦に対して、照会、退去要求をすべき国際法上の義務があることを定めたものではない。そして、沿岸国において、同条に基づく権利を行使するか否かは、当該軍艦の属する旗国との政治的、経済的、軍事的関係等を見定めたうえで、広範な裁量により決すべき事柄である。

(三) 前記1(三)記載のとおり、非核三原則は、我が国の政策にほかならず、個々の国民に対する義務を定めたものではなく、かかる政治上の指針をいかに具体化させるかは、立法府ないし行政府の裁量に委ねられている事項である。

(四) 我が国と米国との間には、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(いわゆる安保条約)が締結されているが、右条約と同時に、我が国と米国との間で取り交わされた安保条約六条の実施に関する交換公文(いわゆる岸、ハーター交換公文)及び右条約締結交渉の当事者であつた藤山外務大臣とマツカーサー駐日米国大使との間の口頭了解(いわゆる藤山、マツカーサー口頭了解)により、米国が我が国に核兵器を持ち込む場合(潜水艦が核兵器を搭載して我が国に寄港する場合を含む。)には、米国政府には、我が国政府に対し事前に協議をすべき条約上の義務があることが定められている。したがつて、米国海軍に属する潜水艦に対して、核兵器搭載の有無を照会し、あるいは退去要求をすることは、米国政府が右義務を履行していないことを前提とするもので、右条約上全く想定されていないばかりか、日米両国間の信頼関係にも重大な悪影響を与えるおそれのある措置である。かかる措置をとるか否かは、米国との政治的、経済的、軍事的関係、その他国内的、国際的な様々な要素を考慮し尽くしたうえ、慎重な裁量により決定されるべきものである。

(五) 以上のとおり、本件は、行政庁が当該行政措置をすべきことが法律上覊束されており、自由裁量の余地が全くないために、その第一次的判断権を行政庁に残すことが必ずしも重要でないと認められる場合に該当しないことは明らかであるから、本件訴訟のごとき義務付け訴訟は許されない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、ジエーン海軍年艦が世界で最も権威のあることは不知、その余は否認する。

2  同2のうち、別紙のとおり、ロサンゼルス級潜水艦及びスタージヨン級潜水艦が横須賀港に入港したことは認め、被告が核兵器搭載艦及び核兵器搭載疑惑艦の横須賀港への入港を漫然と認め、これを差止める措置をとつていないことは否認し、その余は不知。

3  同3のうち、衆参両議院において、非核三原則に関する全会一致の決議が成立していること及び政府が国会質疑等において、非核三原則が我が国の国是であり、これを遵守する旨を表明していることは認め、主張は争う。

4  同4ないし6は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件訴訟は、無名抗告訴訟のうちの義務付け訴訟として提起されたものである。

義務付け訴訟は、行政庁に対し、一定の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「行政処分」という。)をすることをその判決により義務付け、行政庁をして行政処分をさせることを目的とするものであり、したがつて、行政庁の第一次判断権の尊重の要請等との関係から、その提起につき特別の許容要件が必要とされていることは周知のところである。しかし、その点はさておき、義務付け訴訟もまた主観訴訟である以上、法律上の利益を有する者に限り、これを提起することができるものというべきである。そして、右の法律上の利益を有する者とは、義務付け訴訟の判決により義務付けられるべき行政処分がされないことによつて、仮に当該行政処分がされたとすればその法的効果として付与されることとなる権利若しくは法律上保護された利益を、侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、右の法律上保護された利益とは、当該行政処分の根拠法規が保護している私人等権利主体の個人的な利益をいうものと解するのが相当である。

ところで、本件訴訟において、原告は、横須賀港に核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦が入港することにより原告を含む横須賀市及びその周辺地域に住む住民が核戦争に巻き込まれ、又は核兵器搭載艦の衝突事故による災害に巻き込まれる危険があるが、この危険状態は、領海条約二三条及び非核三原則に基づく、核兵器搭載艦又は核兵器搭載疑惑艦の我が国領海からの退去の要求等といつた行為がされることにより解消される旨主張する。

そこで考えるに、本件訴訟における義務付けの対象となる退去要求等といつた行為がされたとしても、その法的効果として原告に何らかの権利が付与されるものといい難いことは明らかである。それゆえ、右の行為がされることにより、その法的効果として、原告主張の危険状態の解消といつた利益として原告に付与されることとなるかどうかが問題となる。しかるところ、原告は、右の行為の根拠法規として、領海条約二三条及び非核三原則を援用している。しかしながら、領海条約二三条は、外国軍艦に対する沿岸国の主権行使の要件及び態様を規定したものであつて、私人等権利主体の個人的利益を保護する趣旨の規定とは到底解されない。また、非核三原則は、国会の各議院における決議であつて、法律として定立されたものではないことは、原告の主張自体からも明らかであり、その内容からみても、国政に関する重要かつ基本的な政策であるというほかはないから、国会における各党、各会派がこれに賛成し、一部の地方議会で同様の議決があり、国民の多数がこれを支持しているとしても、これをもつて法規としての性格を有するものということはできない。そうすると、原告の援用する領海条約二三条及び非核三原則によつては、原告に法律上保護された利益が付与されることを基礎付けることはできず、他に原告に法律上保護された利益が付与されることを認めるに足りる根拠は見いだし難い。

したがつて、原告は、本件訴訟を提起するにつき法律上の利益を欠くものというほかはない。

三  以上によれば、本件訴訟における義務付けの対象となる退去要求等といつた行為が行政処分としての性格を有するか否か、本件訴訟が義務付け訴訟の特別の許容要件を満すか否か、本件訴訟につき被告は被告適格を有するか否か等の点につき判断するまでもなく、本件訴訟は、法律上の利益を欠く不適法な訴えであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 太田幸夫 加藤就一)

別紙〈省略〉

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